そこにお金が介在する理由はあるのか?


同人はとても巨大化して一種のマーケットと化しています。
昔は皆に自分の思いの丈を伝える方法は本しかありませんでした。
たとえば、今やポケモンを生み出したゲームフリークは元々同人誌の名前でした。
あの当時、本を出版する費用を賄うために即売会を開き、作り手同士の情報交換のため
本の交換が横のつながりとして行われてきました。


しかし、現代ではどうでしょう。
今や自分の意見を伝える手段はとても増えました。インターネットの登場で
直接自分の意見を発表することができます。 そしてブックマークをしてくださった方
そしてここに多くの閲覧してくださった方がいるわけですよね。
こうしたネットスペースは驚くほど費用が掛からなくなりました。
PDFファイルやMP3の普及で自分の表現物を容易に人々の手に届けることができます。
そうなると、こんな疑問が湧いてきます。


自分の表現物を容易に提供できる今、何故 未だに お金が介在するやり方をするのか
ということです。
これが昔だったら分かります。 DTPが普及していなかった当時、同人誌を作るのは
とても大変なことだったはずです。 当然費用も掛かる。
それは今でも同じ事なのだけど、お金が介在する理由は以前と比べたらずいぶん減っているのでは
ないかというわけです。
(もちろんグッズ販売など未だ原価がかかるものもあるので全くないとは言えません)
そして事実、東方界隈に目を向ければ「お金を稼いでやるぞ」って考えが強く出ている。
活動を続けるための心付けだったお金がいつしか、制作者の生活を支えるためのものに
なっているわけです。


同人市場の規模は拡大の一途を続けています。
同人市場に寄生する別の商業主義も出現しています。
東方の場合なら先に騒ぎになった着メロ問題やカラオケ問題がそうではないでしょうか。
(奇妙な事に曲を提供した人が叩かれて話を持ちかけた企業が叩かれない現象も起こりました)
今回のエントリーで分かったことは、同人という世界がアンダーグラウンドから表に
飛び出してきているにも関わらず、それを指摘すると、アマチュアリズムとはなんぞやという話題に
なってしまうことでした。


前回のエントリで多くの方が不快感を示したと思います。
なぜなら、あのとき私は「同人はなんだかんだ言って好きなことを書いていいかもしれないが
結局金儲けじゃないか」と遠回しに言ったからです。
ところがですね東方界隈の場合は、同じようなことが別の場所で起こっているのですね。
それが音楽をやっている人の問題というわけです。


彼らはお金を稼ぎすぎていると言って叩かれていますが
いざその指摘が自分に向けられると「いや、同人で金を儲けるのはいいことだ」と言い出します。
どちらもアマチュア表現者じゃないですか。
なのにこの風潮は一体何なのかということになります。
酷いダブルスタンダードですよね。


もちろん、表現活動には何かと物いりだから
多少の心付けとしてのお金は仕方ないと思います。 これはどちらかというと
同人云々というよりは「カンパ」の世界です。それが正しいあり方だったはずではないですか?
しかし「カンパ」がすでにカンパでなくっているところが出現している以上
追求している方々には大変申し訳御座いませんが、
マチュアリズムの理想を語ってももはや絵に描いた餅にしか見えません。


お金が絡むからルール違反を犯してまで徹夜組とかサークルチケットの横流し問題も起こるのではないですか?
ルール違反を指摘して取り締まろうとすると、イベントが中止になるから嫌だと言いますが
それはただの駄々にしか見えません。 アマチュアだからその辺を大目に見ろとは虫が良すぎませんか?
そして自分にその標準が向けられたら、やれニコ厨の仕業とか、やれお客様主義の仕業とか
言い出しているのはいかがですか?


確かに東方は同人です。
しかし内実はアマチュアリズムという免罪符を振りかざして「これは商業じゃないんだ」と
自分に言い聞かせている人と、本当は商業であることを見抜いている印刷屋さんや同人ショップに
いいように使われている現状を見るととても切なくなります。


私の言うことは残念ながら理想論であり
現状ではなにも実効性はないことも理解していますが
お金を稼ぐなとはいわないからもう少し、頭を冷やしてみては如何ですか
と言うことです。


次回に続く